フェス→発表会

先日Youtubeにサカナクションの山口一郎さんがフェス好きのオーディエンスとフェスについて語るという動画が上がってきてたので拝見した。タイトルは「フェス、多過ぎない?YesorNo」確かに昔に比べるとフェスって物凄く増えた。年末に、GWに、夏に、秋口に、、なんでかと言えば単純にCDが売れなくなったからである。その点フェスは人さえ来ればグッズも売れ、アーティストも楽しめ一石二鳥というわけだ。フェスは確実な集客が見込めればドル箱なわけ、最近のアーティストが割と大きいとこですぐライブするのもその絡みなんだよね。
詰まる所音楽はもう「1発当たれば一生食ってける」なんて時代では無くなっている。大ヒットしたソロのシンガーならまだしもバンドが継続的に食べていくには常にそれなりにCDをヒットさせライブをし、安定した集客を確保しなければならない。アーティストはマグロの様に泳ぎ続けなければあっという間に海の底に沈み「そういやあの魚最近見ないなぁ」程度の存在になってしまう。
なんでこんな状況に??って言われればこれは音楽の違法ダウンロードが結局無法地帯な事、そしてSNSの発展も大きく影響している。真面目なリスナーの方々はitunes等でちゃんと好きなアーティストの音楽を買うだろうが、やろうと思えばyoutubeの音源が簡単にMP3になってしまう時代 「お金を払うなんてバカバカしい」という人もいくらでもいる。それは無人の野菜売り場からお金を払わず野菜を持っていくのと同じ行為だ。しかし物でない以上罪悪感は発生しづらい、そこが違法ダウンロードが無くならない一因だと思う。
もう一つ、SNSの発展というのはメディアが飛躍的に発展した事で流行るのも飽きられるのも早くなったという事だ。90年代ヒットしていたら10-20年重宝されていただろうアーティストが今はマグロ状態なのは、曲を描か続けなきゃ飽きられるからだろう。90-2000年代前半に実績を残したアーティスト達は「思い出貯金」で今も生き残る事ができている。思い出貯金というのはSNS全盛前にヒット曲を連発し、その頃聴いてくれていたリスナー達に重宝されているバンド。その頃は似たジャンルのバンドや曲が話題になる数も今よりは遅かった。彼等の音楽は彼等の音楽として重宝され続けた。バンプ、アジカン、エルレ、、あれから誰もが知ってるバンドって出てきたかな?そう言われると意外と出てこないのは偶然では無いと思うんだよね。売れたとしても昔程の収入は間違いなく無いだろう。今は一つのジャンルが流行るのも早いが廃れるのも早い、音楽自体の回転が物凄く早くなっている。なのに全体の収入は落ちてきていている「労働に対して対価が釣り合っていない」状況なのだ。
だからフェスをやる、フェスにバンバン出演して売れているうちに聴いてもらう。そうして思い出貯金できる可能性を少しでも繋いでいくわけだ。すると必然的にフェスの本数は増える。

ん?じゃあフェスが増えて何が問題なん?となりますよね。確かにリスナーにしてみればデメリットは無い気もする、しかし音楽の未来を考えてみるとこれが意外とヤバい。
まずフェスがあまりにも乱立すると人が集まらないフェスも当然出てくる。似た様なジャンルで似た様なアーティストが集まるフェスが2つも3つもあっても集客は見込めない、フェスは行く側もそれなりに金がかかる。数年前にGWに行われる予定だったメトロックだったかな?チケットの売れ行きが悪く開催中止になったフェスがあったがこれが典型、都内で2つも3つも同時期にフェスがあっても行けないよね 笑

そしてもう一つ、アーティストがフェスでオーディエンスに「媚びる」様になる。これは一郎さんが凄く分かりやすい体験をしてるので紹介してみる。
サカナクションがタイコクラブというフェスに出た時、タイコクラブのオーディエンスの事を考え最初の20分間はヒット曲をやらずインストでフロアを揺らしたそうだ。タイコクラブはクラブミュージックを好きな人達が多く集まるフェス、ライブは大盛況で終わったらしい。
しかしライジングサンロックフェスティバルでも同じ事をした時、なんとライブ終了後にブーイングがあったという。機材トラブルでもない、メンバーがいなかったわけでもないし演奏が酷かったわけでもない。ヒット曲も数曲やったにもかかわらずブーイング。
数年前なら間違いなくあり得なかった事だ。この時一郎さんは「あ、フェスはアーティストが冒険したりするんじゃなく、聴く側の要求に応える場所になりつつあるんだな」と思ったという。これ実はかなりヤバい、なにがって?フェスがただの「発表会」になっちゃうからです。
例えばあまり売れていないけどこの景色に、天気に合うからとマイナーな曲をやったりクラブ音楽的な事を急にやってみたり、、もっと言えば新曲をやったりなんて事はできなくなる。「オレ達はこんな曲知らない、なんなんこれBoooo」となるわけだ。そうするとフェスの価値って一体何??となる。CDでリスナーが聴いてきた物をただ目の前で演奏するだけの大会、そこに新たな付加価値って生まれ続けるのだろうか?え!このアーティストとこのアーティストがフェスでコラボ!?普段聴かないあの曲をフェスでやったのか!!そういった「アーティスト達の挑戦」もフェスの醍醐味だ。それがただの寄り合いになってしまえば知らない間にフェスは没落していく。そしてある日こんな日が来るかもしれない。。
数年後、ライブを一切せず配信やストリーミングだけで大ヒットしてきたアーティストがこんな事を言ったとしよう。

「最近のバンドって少し売れればやたらフェスに出るけどさ、どのフェスでも同じ様なセトリ、同じ様な演奏。それって意味あるのかな?だったら家でライヴDVD観てればいいと思うけど。。フェスに出るってカッコいいか?オレはダサいと思うね。売れてないバンドが必死で客に媚び売って、それって再生数気にして曲作ってるのと一緒だよ。」

大げさな、と思うかもしれないが確かに今 フェスはこの方向へ向かっている気がする(上の例えも一郎さんの受け売りだけど 笑)。昔は邦楽バンドが少なかったフジロックも4-5割くらい邦楽バンドがタイムラインを埋める様になってきた。個人的にフジロックは本当のフェスの醍醐味を変わらず保ってきてくれているフェスだと思うので、寄り合いフェスにならない事を願うばかりである。多分サカナクションのブーイングもフジロックなら起きなかっただろう。「聴く側のスタンス」は当然重要だ。でもロックキッズ&ガールズのフェスへの価値観は少しずつ変わりつつある。これを傍観するかアクションを起こすかはアーティストの自由だ。フェスの在り方に正解があるわけでもない。
でも僕は、しっかりとした演奏をして挑戦してくれたバンドにブーイングをするなんてフェスは間違っていると思う。

改めて音楽の在り方について考えてしまうお話でした。